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1都電荒川線三ノ輪橋電停1

1都電荒川線三ノ輪橋電停1

今回のまち歩きの起点、都電荒川線三ノ輪橋電停です。
荒川線には30年余も前から浅草方面への延伸構想が出たり消えたりで、話が
一向に具体化しません。それは何故だろうということで、今回、現地踏査と
いうことになりました。


2都電荒川線三ノ輪橋電停2

2都電荒川線三ノ輪橋電停2

三ノ輪橋電停は2007年春から秋にかけて、交通局曰く「昭和30年代頃の
イメージを統一コンセプトとして、停留場全体をレトロ調に整備」したとのこと。
この琺瑯(ほうろう)看板も演出のひとつなのでしょうが、電停にはガス灯風
照明も付いていたりで、どうも昭和30年代と大正時代がごっちゃになって
いるような???

実際のところ、昭和30年代の三ノ輪橋電停はもっと簡素な造りで、今回の
デザインとは似ても似つかないのですが、それでも以前よりはこちらの方が
ずっと良くなった気がします。これは筆者の憶測ですが、京都の嵐山電車の
一部の停留場がちょうどこんな雰囲気なので、リニューアルにあたっては
参考にされたのかもしれません。


3都電荒川線三ノ輪橋電停3

3都電荒川線三ノ輪橋電停3

今度は映画の看板です。どうせなら看板だけでなく、この界隈に交通局で
レトロ映画専門のミニシアターでも営業するというのはどうでしょうか。
外野の無責任な希望ですが、三ノ輪橋の新名所になるかもしれませんよ。


4ジョイフル三ノ輪商店街1

4ジョイフル三ノ輪商店街1

「ジョイフル三ノ輪」は三ノ輪橋電停にほぼ直結しているアーケード商店街です。
ここを通って、まずは延伸想定ルート(のひとつ)で、荒川線との分岐点となる、
荒川区役所前電停をめざします。

ところで、写真に写っているコーヒーショップ「あめみや」は都電ファンなら
知らない者はいないといわれる、都電グッズ、書籍などを置いてあるお店です。
普段は、こちらは都電ファンというわけではないけれど、カウンターにいつも
の常連さんが鈴なりです。ときどき都電ファンがテーブル席を「占領」します。


5ジョイフル三ノ輪商店街2

5ジョイフル三ノ輪商店街2

商店街内部はこんな感じです。この日は日曜日だったのですが、このご時世に
あって、この商店街はシャッターの閉まったお店は少ないのです。前回訪れた
時はシャッターが閉じられて「廃業したんじゃないの?」なんて思っていた
ようなお店が、今回は新装してカフェにいつのまにか模様替えしていたり
するのです。


6ジョイフル三ノ輪商店街3

6ジョイフル三ノ輪商店街3

荒川一中電停側の商店街アーチ。近年まで荒川線を走っていた正真正銘のレトロ
電車6000形、通称「一球さん」を大々的にフィーチャーしています。
都電ファンとして惜しいのが、電車の正面向かって右下の系統番号ですね。
ここは6番ではなく(6番の都電は渋谷〜新橋を結んでいた)、こだわって
地元の27番にして欲しかったところ。


7荒川一中前電停

7荒川一中前電停

先ほどの商店街アーチを抜けたところにあるのが、この荒川一中前電停です。
しかしこの電停、日中はいつも、乗降客が殆どいませんね。

実はこの電停、沿線住民の請願で2000年11月に開業した、荒川線で一番
新しい電停なんだそうです。電停の愛称としては、「ジョイフル三ノ輪前」と
いうのがあるのですが、個人的にはこちらの名前を正式なものにした方が、
乗降客が増えたような気がしています。


8荒川区役所前電停1

8荒川区役所前電停1

荒川一中前電停から、路地を伝って荒川区役所前電停に出ました。

当研究会の調べでは、荒川線を浅草方面に延伸するには、現在3通りの
ルートが考えられているようでして、関係者の構想(の前段階ですが)では
1,真っ直ぐ三ノ輪橋から延伸させて日光街道、昭和通り(国道4号)に
  入り、国際通りから浅草/すみだタワーをめざす「直進ルート」
2,区役所前電停から平行する明治通りに一旦入り、大関横町交差点から
  昭和通り、国際通りを経由し浅草/すみだタワーをめざす「分岐ルート」
3,区役所前電停から直交する千住間道(せんじゅかんどう)を曲がり
  南千住駅まで延ばし、吉野通りを浅草/すみだタワーまでめざす「南千住ルート」
というものが存在するようです。

どの案も一長一短ありますが、今回はこのうち、3,のルートを歩くこと
にしました。


9荒川区役所前電停2

9荒川区役所前電停2

荒川区役所前電停のホームです。この停留場、区役所まで実際は少し離れて
いますが、乗降客はそれなりに多いです。


10荒川区役所前電停3

10荒川区役所前電停3

9の撮影地点から反対側を向いたところ。実は都電の軌道敷の両側は道路が
できる計画になっています。この道路が明治通りにつながり、一緒に都電を
通そうというのが前出2,のプランのようですが、ご覧のとおり、用地買収
は遅々として進んでいません。「しかし、そもそも軌道時期の両側を道路に
することにどんな意義があるのかが分からない・・・」と、メンバーの1人
から声が上がりました。


11荒川区役所前電停4

11荒川区役所前電停4

千住間道を歩き始めたところ、後ろで次の電車がやってくる音がしました。
シャッターを切ってみましたが、こうして眺めてみると、複線でこの通りを直角
に曲がるのは現状では無理、周辺の建物の配置を若干変える必要がありそうです。


12千住間道西バス停1

12千住間道西バス停1

千住間道を歩いてほどなく、荒川区コミュニティバス「さくら」のバス停が
ありました。「さくら」の運賃は150円均一、運行は京成バスが受託して
います。バス停のすぐ脇にトイレ付きのコンビニエンスストアがあるのは
本当に便利ですね。


13千住間道西バス停2

13千住間道西バス停2

「さくら」のバス停は、コミュニティバスのものとしては、比較的、遠くからでも
見つけやすい部類に入るのではないでしょうか。そのせいか各バス停で結構、
バス待ちのお客さんが見受けられます。また、この路線は都電荒川線の補完路線
としての性格があるので(南千住駅と町屋駅を結ぶ)、それも乗降客の多さに
つながっていると思います。


14千住間道西バス停3

14千住間道西バス停3

「さくら」のバス停にはちょっとめずらしい機能がついています。
それがこの押しボタン。バスの乗客が乗車時にこのボタンを押すことで、次の
バス停で待っている別の乗客に「もうすぐバスが来ます」と合図を送れるのです。
人々の善意で成り立つ接近表示というわけです。
私たちも、乗車時にはもちろんこのボタンを押しました。


15千住間道西バス停4

15千住間道西バス停4

超小型のバスがやって来ました。
ここから南千住駅までは、この「さくら」を使ってみます。
というのも、「さくら」バスの、ここから南千住駅までの走行ルートが、
荒川線延伸構想ルート(の一案、南千住ルート)と大部分重なって
いるのです。


16南千住駅周辺1

16南千住駅周辺1

南千住駅前に到着。南千住駅はJR常磐線、つくばエクスプレス(TX)、
東京メトロ日比谷線と都バスにものりかえができる便利な駅です。

「さくら」バスは各線の改札が集中するこのロータリーから発着しますが、
ここは千住間道から一本道ではありません。駅の周りには古くからの商店や
住宅が区画整理されずに残っており、「さくら」はここを細かく迂回するような
ルートをとっています。しかし都電を通すとなると、やはり立ち退きが必要に
なって来ます。これが「南千住ルート」の大きな問題のひとつです。


17南千住駅周辺2

17南千住駅周辺2

南千住駅前(西口)の「さくら」バス停の様子。
背後に、西口初のタワーマンションが建つようです。


18南千住駅周辺3

18南千住駅周辺3

西口駅前再開発に伴う、店舗等移転案内図。
近年の大規模再開発では、どこもテナントに入る資本が画一化されていて、
散歩や買い物の楽しみに欠けるきらいがあります。再開発後、元の店舗は
テナントに入るのでしょうか?来街者の立場としては興味深く思います。

写真の中央にT字路交差点がありますが、ここでドン突きになっているのが
千住間道です。実は千住間道延伸の計画があって、今ある商店、住宅地と
南千住駅を突き抜けて、東口の「ドナウ通り」に接続することになっているのです。

もし延伸されるならば、南千住の都市環境、住環境のために、この区間は
歩行者、自転車、公共交通のための専用路にして欲しいところです。なお、
自動車の利便については、当地でも既に充分確保されているものと考えています。


19南千住駅周辺4

19南千住駅周辺4

前の写真でも示されていた、千住間道の終点になっているT字交差点です。
南千住駅がこの奥手にあると考えて下さい。左右方向に走るのは「コツ通り」。
変わった名前ですが、この周辺の近世の地名「小塚原町」を短くして呼ばれる
ようになったのだとか。


20南千住駅周辺5

20南千住駅周辺5

T字交差点を渡ったところです。
コツ通りのこのあたりはアーケードがついた商店街になっているのですが、
残念ながらシャッターを開けているお店が少なく、人通りも少ない状況でした。

同じような業態の店舗を持つ、先程のジョイフル三ノ輪商店街と明暗を分けて
いるものは何だろう・・・と仲間内で話し合いました。

大量輸送機関の駅から少し離れているというアクセスの問題は変わりません。
若い人が少ないというのも五十歩百歩、あとはアーケードが片側式か全蓋式か、
接続している公共交通モードの違い(バスと路面電車)、外からわかるのは
それくらいです。


21南千住駅周辺6

21南千住駅周辺6

先ほどのT字路交差点近くから、路地伝いに南千住駅近くまで進みました。
このあたりは、駅の近くなのに閑静な住宅街になっています。
自動車の通行がほとんどないということが、この静けさ、安心感につながって
いるのでしょう。

しかし、千住間道が現状のまま延伸されるとなれば、このあたりの雰囲気は
大きく様変わりすることになります。

千住間道を延伸したとしても、せめてこの区間だけは、歩行者と自転車、
公共交通のための通り道になることを願います。


22南千住駅周辺7

22南千住駅周辺7

南千住駅JR/TX改札口からの通路(工事中)から、目下大規模再開発中の
汐入地区を望む。千住間道には荒川区役所と、この汐入地区までをつなぐ
役割があります。

ところで、画面手前の更地は将来どうなるのでしょう。順当に考えれば
商業施設や駐輪場になるのでしょうが、人が自由に横断できる芝生の
広場にしては・・・という声も聞かれました。


23南千住駅周辺8

23南千住駅周辺8

先ほどの通路から、汐入地区につながる道路に出ました。
橋桁の制限高2.5m、ここは物理的に都電は通せません。


24南千住駅周辺9

24南千住駅周辺9

道路をさらに進むと広い道と交差します。
この広い道、荒川区の都市計画図を見るとどうも千住間道延伸部らしいです。
ここなら、確かに都電は通せます。


25南千住駅周辺10

25南千住駅周辺10

24の写真と同じ地点から撮影。背後はT字路になっており、
ここが千住間道の終点と思われます。
交差している道路はドナウ通りというそうです。
このドナウ通り沿いに、新しい商業施設が密集しているのですが、
再開発地域の例に漏れず、「地元の老舗」が目立ちません。
生活に便利なことには違いないですが、来街者としてはちょっと
寂しい気がします。


26南千住駅周辺11

26南千住駅周辺11

T字路の突き当たりは隅田川駅の入り口です。「隅田川駅」というと
聞き慣れない名前ですが、これはJR貨物の貨物専用駅なのです。

国鉄分割民営化までは、都内にも貨物駅は、当会のまち歩き会で
訪れた小名木川貨物駅をはじめ、あちこちに結構見かけられたものですが、
旧国鉄の債務清算のために用地売却、郊外移転してしまいました。

しかし、都内の貨物駅用地を安易に売却せず、新しい集配センターとして
うまく利活用できていれば、高度成長期を過ぎても大型トラックが東京の
まちなかを頻繁に走るということもなかったのではないか、という意見もあります。

地元住民の一部からは、この隅田川駅も邪魔なので廃止し、跡地を再開発
したい意向もあると聞きます。確かに駅周辺は殺風景ですし、地元住民の
生活に直接メリットをもたらしているわけでもありません。

けれども、隅田川駅は重要なインフラです。JR貨物は今まで全くやって
なかったわけではありませんが、まちづくりとして、イベントなどのさらなる
充実とか、駅敷地周囲に店舗を出店できるようにするとか、隅田川駅が
「迷わく施設」扱いをされないように、もっと積極的な地域貢献をと願います。


27南千住駅周辺12

27南千住駅周辺12

T字路を右に折れると道は行き止まりになっており、都バスの
「南千住駅東口」バスターミナルになっています。

陽が傾いて来たので、汐入地区を徒歩で回るのは断念し、ここから
「上46系統」の都バスに乗り、汐入地区を一周することにしました。


28南千住駅周辺13

28南千住駅周辺13

都バスの車窓からドナウ通りを望む。歩道に歩行者が多いせいか、車道には
新たに自転車道が整備されていました。

ところで、携帯電話で通話しながら自転車を運転している人が写ってますが、
撮影時点では罰則は定められていませんので念の為・・・。


29臨時泪橋バス停1

29臨時泪橋バス停1

汐入地区を一周して都バスを降り、浅草をめざして吉野通りを歩いていた
ところ、通りかかったのがこのバス停。

ある年代の人には有名な、劇画「明日のジョー」の舞台となっていたのが
この泪橋(なみだばし)。橋そのものは川が暗渠(あんきょ:地下化)になり
もう存在しませんが、都バスの停留所(と交差点)の名称として今も
残っています。


30臨時泪橋バス停2

30臨時泪橋バス停2

「臨時」とあるのは、本来の涙橋バス停位置の前で訪問時に
マンション工事が行われていたため、移設されていることのようです。
数ヶ月ののちには、元のマンション前に戻されることと思います。

これほどセンチメンタルなバス停名も都内では珍しいので、人によっては
ほろ苦いような想いもあるでしょうが、個人的にはいつまでも残して欲しい
ネーミングですね。もしここに都電が通ったら、この名称はぜひ継承して
もらいたいものです。


31「山谷」界隈1

31「山谷」界隈1

涙橋交差点近くの旅館。泪橋バス停付近はかつて山谷(さんや)と
呼ばれ、俗にドヤと呼ばれる木賃宿が並んでいました。

昔は地方からの出稼ぎ労働者が宿泊客の大半でしたが、格安で
畳部屋といった「日本情緒」に触れることができ、宿によっては
インターネット設備なども充実しているので、ここ数年海外からバック
パックを背負った長期滞在型の旅行者が急増しているところです。
国内からも若年層を中心に利用者数が伸びています。


32「山谷」界隈2

32「山谷」界隈2

元立ち呑み屋さんでしょうか?
都内では極めて珍しいのですが、この界隈ではこんなタイプのお店も、
しばしば見かけます。


33「山谷」界隈3

33「山谷」界隈3

銭湯も近年どんどん数が減っていますが、ここ山谷では健在です。


34「山谷」界隈4

34「山谷」界隈4

地名としての「山谷」はなくなって久しいのですが、こういった所にかつての
面影が残っています。


35「山谷」界隈5

35「山谷」界隈5

外国人旅行者に対応している宿。
「山谷」が変わりつつあることを実感します。


36「山谷」界隈6

36「山谷」界隈6

こんな注意表示も、都内ではこの周辺以外なかなか見かけません。
以前はワンカップ酒を片手に路上で寝込む姿も多数あったと、
この近くに住むメンバーから証言がありました。
ただ、現在はかなり改善されています。


37「山谷」界隈7

37「山谷」界隈7

風変わりな外観だと思い表札を見ると、このビルはお寺でした。
この界隈の建物も、十階建て前後の高層化が進んで、ずいぶん
経ちます。


38「山谷」界隈8

38「山谷」界隈8

お寺からすぐ近くの公園。「山谷」の文字がここにもありました。


39「山谷」界隈9

39「山谷」界隈9

山谷堀公園の様子。名のごとく堀が通っていたのが埋められて、公園と
なりました。

故・林順心氏の名著「都電が走った街 今昔2」(JTBキャンブックス刊)の
101ページに、この堀を越える都電第22系統の写真があり、そこでは、
謂われのある堀を埋め立て公園にしたのを嘆く一文が寄せられています。

けれども、緑の少なくなったこの近辺では、この公園は貴重ではあります。
歴史に「もしも」が許されるなら、山谷堀は残し、それとは別建てで山谷の
真ん中あたりに緑の公園、公共の空間を造ることはできなかっただろうか、
そんなことを考えました。


40浅草界隈1

40浅草界隈1

五叉路になっている言問橋(ことといばし)西交差点とぶつかると、
吉野通りは終点です。道なりに行けば江戸通りに入り、隅田川沿いを
進むことになるのですが、都電が浅草寺付近を通らないというのも
面白みに欠けるので、線形にやや無理があるものの、言問通りに
進路を移しました。


41浅草界隈2

41浅草界隈2

旧・浅草猿若町付近で見かけた、かつら屋さん(現在の浅草6丁目あたり)。
江戸時代に幕府は日本橋周辺にあった芝居小屋を浅草に移転させたため
芝居茶屋や関係者の住居もこの周辺に多数あったといいます。
江戸の庶民は歌舞伎や人形浄瑠璃を浅草で楽しんでいたようです。


42浅草界隈3

42浅草界隈3

浅草寺に近づくにつれ、お土産屋さんが目立つようになります。
写真は二天門付近ですが、お店は外国人を中心に賑わって
いました(人波が切れたところでシャッターを押しました)。
浅草寺については、あまりに有名なので今回は割愛します。


43押上界隈1

43押上界隈1

浅草まで都電を通すなら、隅田川を渡って至近のすみだタワー(仮称)
まで・・・とは誰しも考えるところでしょう。と、いうことで、浅草・二天門から
都バス08系統に乗り、タワー建設予定地の押上までやって来ました。

ここは京成電鉄本社脇の押上駅出入り口です。


44押上界隈2

44押上界隈2

タワー建設予定地すぐそばの、北十間川(きたじっけんがわ)に
架かっているのが、東の「京成橋」と西の「東武橋」。写真は43の
写真の地点から振り返ったところ。ご覧の通り、京成橋の欄干です。

この橋は、都電の軌道を複線で通すには狭いですが、
単線のループ(タワー敷地を通る)ならなんとかなるかもしれません。


45押上界隈3

45押上界隈3

京成橋からみた夕日。川右手の生コンクリート工場と言い、
昭和の風景がまだ残っています。押上出身の有名人に
王貞治さんがいますが、少年時代の王さんは、こんな風景の
中を野球に明け暮れていたのでしょうか。

けれども、タワーの建設が進めばこの辺りは一変します。
記録に残しておきたい風景として、1枚撮っておきました。


46押上界隈4

46押上界隈4

工場に「生コンクリート発祥の地」の碑が立っていました。
タワーができても、日本の高度成長期のシンボルのような
この碑は、据え置いてもらいたいものです。


47業平橋(東武橋)

47業平橋(東武橋)

東武伊勢崎線業平橋(なりひらばし)至近、北十間川に架かる
東武橋です。先ほどの京成橋と比べるとずいぶん立派です。
川沿いにタワー建設用地を眺めながら、ここまでたどり着きました。
暗くなって来たので本日はここで切り上げ、吾妻橋に戻って川風に
吹かれながらアサヒの生ビールで乾杯です。

方法論として、荒川線の延伸というより、交通至便なこの界隈を
起点として三ノ輪橋や上野、あるいは亀戸方面をめざすという
コンセプトでの路線網も考えられます。

特に城東地区は真っ直ぐで幅員のある道路が多いので、クルマが
結構飛ばします。そんななか、タワーを拠点としてクルマ以外の
交通手段がもっと充実すれば、それは誰にとっても住みやすい、
21世紀型のまちづくりの端緒となり得るのではないか、などなど、
酒席で会話は弾みました。